書籍・雑誌

脳が冴える15の習慣

読解力・理解力を向上させたいと思い、ネットで調べたある本を下見に行こうと書店に行ったところ、目的の本はなくて代わりに買ってしまったのがこの本。(アマゾンクリックは、衝動買いしがちなので書店で下見するのが私の習慣なのです)
たいへん読みやすく書かれていて、2,3時間で全章通読できました。
この本によると、どうやら私の読解力が弱さは、ボキャブラリーの少なさとか、読書のテクニックとか、そんなこと以前に、前頭葉の働きが弱っていることが原因なようです。

脳も臓器ですから、筋肉と同じように使わないと退化していく。この本には、現代人がわりとあたりまえにやっていることが、実は脳をなまけさせる習慣となっていることがわかりやすく書かれています。しかも、そのうちのいくつかは、すでに私も実体験として証明済みのことだったので、怖いくらい納得できたのでした。

とくに、今の私が大事にしたいと思ったことは、だらだら仕事をせず、制限時間をつけてきぱきとこなすこと、です。頭の回転の速さは、上げようと思っても簡単にあげることはできないそうです。しかし、何時までにこの仕事を片づけなければならない、とか、何個の問題を解かなければならない、といった状況であれば頭の回転は速くなる。緊張感、なのかなあ。確かにわたしは、あとで時間をかけてきれいにまとめ直そうとか、仕事を後回しにしがちなとこがある。そして結局やらないままにしてしまったり・・・。

うーん、オチをまとめられないまま時間切れ・・・。

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論理トレーニング その2

テキストを第2部「論証」まで読んだところで、問題集「論理トレーニング101題」に手をつけた。かなり真剣に勉強したつもりなのだけど、問題集の問題をやると、たいてい間違えてしまう。おさらいの意味で、これまで勉強した内容を整理することにした。

○文章の流れを把握する手順

① センテンスの主張を把握する
当たり前すぎることだが、ここで読み違えると話にならない。しかし私の場合、ここでつまずく場合が多い。これは日本語の読解力の問題であり、本書でもとくに解説されていないので、別の参考書で勉強する必要を感じる。
いまのところの次の方法で対処している。

  • 長いセンテンスの場合、主張を端的に言い換えて読む。下線でキーワードをマークしたり、言い換えた内容を書き出すと確実。ほんとうは頭の中でできるとよいが、読解しにくい文が連続すると、私の場合、バッファオーバーフローしてしまう。※1
  • 知らない言葉は、なるべく辞書を引く。もちろん、文脈から意味を類推することも、実用では大事な技術だが、文意を正確に把握する練習なので辞書を使ったほうがよい。辞書を引くことで、語彙を広める勉強にもつながる。

② センテンスとセンテンスの接続関係を把握する
まず、主張の方向の変化を見定める。

  • 変化あり
    変化後の主張が言いたいこと → 転換の関係(しかし、だが)
    変化後の主張は副次的 → 補足の関係(ただし) ※2
  • 変化なし
    主張の内容が同じ → 解説(すなわち、つまり) または 例示(たとえば)
    主張の内容が違う → 付加(そして、しかも、むしろ) または 理由(なぜなら)、帰結(だから、それゆえ)

付加、解説、論証(理由・帰結)※3の関係は微妙で、どちらとも取れるケースがままある(特に、練習問題として用意されている文章は悩ましいものばかり・・・)。
迷った場合のチェック方法として次のやり方がある。ただし、万能ではない。

  • 逆転チェック法
    「B。なぜなら、A。」、「A。だから、B。」というようにひっくり返しても意味が通るのであれば、論証の関係と見ることができる。付加の関係は弱い関係なので、論証の関係が確認できれば、より強いほうである論証の関係が適切。
    解説と論証の違いは、さらに微妙。
  • 読み手の反応を想像
    難しい表現や言葉を使っている等の理由で、読み手が「どういうこと?」と聞きたくなるような場合は、次の文で前の文内容を解説していると判断できる。文の意味は分かるが、読み手が「なぜ?」と聞きたくなるような場合は、次の文で理由を述べていると判断できる。これは、私にはかなり難易度が高い。※4

③ パラグラフ全体の主張を把握する
これも日本語の読解力によるものが大きいが、センテンスの接続関係がヒントになる。
転換(しかし)の場合、「しかし」の後にくるセンテンスが主張したい内容である。
論証(なぜなら、だから)も、後にくるセンテンスが、言いたいことの場合が多い。

④ 複数のパラグラフからなる文章の場合、パラグラフごとの接続関係を把握する
(覚書:パラグラフ冒頭の接続詞の置き方について検討事項。パラグラフ全体の関係と、パラグラフ先頭のセンテンス、どちらに対しても違和感ないように使うのかな。)

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※1
ワーキングメモリが少ない問題は訓練で解決するのだろうか。あるいは、脳の使い方の問題なのか。数独とか、頭の中だけでやるとなかなか解けません。。

※2
「論理トレーニング」では、「制限」の関係と言っているが、「論理トレーニング101題」では、「補足」と言っている。

※3
「論理トレーニング」では、「論証」の関係の細分類として「理由」と「帰結」がある、と言っているが、「101題」のほうでは、接続関係の説明としては「論証」という言葉を使っていない。その他、転換の接続関係の記号も変わっている。これは「新版 論理トレーニング」で改訂されたのだろうか。「新版」のほうも読んでみたい。

※4
そもそも「どういうこと?」と「なんで?」を使い分けていなかった気がする。What? と Why?かなあ。

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論理トレーニング その1

「論理トレーニング」(野矢茂樹 著)を買ったのは、10年以上前になる。わたしの気まぐれにより、この本は10年もの眠りから覚め、奇跡的に活躍することになった。

わたしは日常的に日本語を使って、考え、話し、書いているが、ある程度込み入った内容になると困ってしまうことが多い。考えが発散する、話が相手に伝わらない、文章が書けない。そこで、論理的に筋道を立て、順序立てて、言葉を連ねることができれば、こうした問題を解決できると思い、この本を買ったのだと思う。

にもかかわらず、10年もの間、一度も手に取ることなく本棚に眠っていたのは原因がある。生半可な覚悟では、この本は読み進むことができないのだ。どういうことか列挙してみる。

  • 大学の講義で使われる教科書のような本である。実際、教科書としての利用を想定しているとも書いてある。ありていに言って、とっつきにくい。
  • 序盤の内容は、「それゆえ」や「しかし」といった接続詞の使い方で、それほど難しいことは言っていない。しかし、代数やプログラム言語と違って、答えが一意に定まる問題ではないため、理論を読んだだけですぐ実用できる内容ではない。
  • そのため、例題や練習問題で、さまざまなケースについてじっくり考察することを読み手に求めている。限りあるパターンを覚えれば、あとは自動的に解決する、といった話ではない。
  • 解答のない練習問題が多い。しかも、解答があるものについても解説はない。(この問題の解決策として、この本の続編「論理トレーニング101題」が出版されている。Amazonのデータでは、論理トレーニングを買った人の42%がこちらも買っている。私も買った)

だいたいこんなところだと思う。まあつまり、学校を卒業して何年も経ち、その間なんとなく過ごしてきた人間には、敷居が高いのだ。しかし、ここ数日、この本につきあってみた実感としては、がんばってついていくだけの価値があると感じている。

まだ第Ⅰ部をやっとこなしただけだが、それでも得たものがある。
今まで、さらっとフィーリングで日本語を利用していたが、どうやら私のフィーリングは当てにならないことが、あらためて分かった。特に、込み入った構造の文章だと、このフィーリングだけでは太刀打ちできない。そんな文章を解きほぐすノウハウが第Ⅰ部では説明されている。具体的には、文章の骨格を見抜き、指示語の指す内容について気を配る。文と文との関係から、大事な主張がどれかを判断する、といった手順を行うための理論とHowToだ。
(小学校の国語の内容みたいだが、わたしは国語の授業をおろそかにしてきた過去がある。情けないけど、こういった内容は新鮮なのだ。)

この本は第IV部まであり、さらに難しい内容を扱うことになるが、がんばって読破したい。幸い今の私は、自由になる時間を持て余していて、さらに根拠のない意欲に燃えている。今このときを逃したら、一生この本を読むことが無い気がする。

今より少しでも、日本語をうまく操れるようになるのなら、ひとつがんばってみようという気になった。

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感動する脳

退廃した生活から脱出しつつある。
これは、ここ数日素晴らしい天気が続いたことも、少なからず幸いしたのは間違いない。しかし、直接のきっかけは、茂木健一郎という人が書いた「感動する脳」という本を読んだことだった。

夢や目標、あるいは使命感や充実感、そのどれもが生きていく上で大切なものであるには違いないけれど、それよりも大切なものがある。それは「意欲」、「やる気」。これこそが脳の機能を高めることが、脳科学的に分かってきた。

他にも心に残るフレーズがたくさんあるのだけれど、私に関して言えば、基本的にはこのことが、無気力の泥沼から抜け出す手掛かりとなった。

この本を読む前は、意欲というものは、夢や目標があってこそ、そこについてくる、と認識していたのだと思う。無気力に日々やり過ごす私に、夢や希望を持てなど無理な話である。生き間違えているとは思わないでもないのだけれど、ゴールなんて目指してないから、歩む方向を変えようとも思いもしない。人生の脂の乗った時期を無為に過ごしてしまった私には、もう戻る道もないと、無意識ながら感じていたのだと思う。

ところがこの本は、脳の働きに年齢は関係ないという。そして、「意欲」を持つことこそが脳の働きを高める、と言っている。これだけ聞くと、ごまくさい啓発書みたいだ。しかも私はその手のうさんくさい本が大嫌いだ。しかし、脳科学的にそういうことが分かってきたのだ、という根拠が、どうやら私の萎えた心を信じ込ませた。いささか自分の単純さに厭きれないでもないけれど、心の中に小さな希望が芽吹いたのは確かで、信ぴょう性はもはやどうでもいいのだ。今回は、自分の単純さに目をつむっていい。

夢や希望がなくとも、まずは「意欲」を持って何かをしよう。まだ間に合うかもしれない。その思いが今の私の意欲の源泉だ。何かやってみようということで、とりあえず、何年も前から積読状態の本、文章の読み方・書き方のような本をひっぱりだして読むことにした。自転車で図書館に通い、ノートを取りながら一人格闘している。カタギの人間らしい生活習慣ができると、体のだるさも抜けていった。お酒もあまり飲まなくなった。

鶏卵前後問題のようだけど、私の心の持ちようが変わったのは、こんな理由です。

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