日記・コラム・つぶやき

続・人生の目的に関する考察

成熟社会とは、その成員たちが多元的な価値観のもとにさまざまな経験を通して、各人の生きがいを発見し、それぞれに自分の道を歩んで行くところにこそ成り立つ。最初からただ単一の価値観にとらわれ、しかも、その追求がさらに能率主義によって行われるならば、人は年をとり、高齢になるにつれて、何もすることがなくなってしまうだろう。

中村雄二郎『正念場』より引用

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上の文章は、「論理トレーニング101題」(野矢茂樹)の問題としてあったものです。※

ちょうど昨日、人生の目的について思索をめぐらしたこともあってか、とても気になりました。

ぱっと思ったのは次のようなことです。

「今の日本とかIT業界とか、成熟社会じゃないじゃん。さまざまな経験なんてさせてくれないし、生きがい見つけるような教育させてもらってないもーん。」

でも、そんなことは言ってないですね。社会が悪いせいだ、なんて受け身な先入観がある。もう少しよく考えたら、次のような解釈もできそうです。著者の意図通りかはともかく、ありえそうな話です。

「多元的な価値観のもとにさまざまな経験を通して、各人の生きがいを発見し、それぞれに自分の道を歩んで行くことができる人ならば、高齢になっても不安はないように思う。そういう人たちからなる社会が成熟した社会といえるのだ。」

後半の文の主語は、「社会の成員たち」だと思います。やっぱり本当に言わんとしているところはわかりませんが、年をとってから困ってしまう、という話のようです。なぜ、「単一の価値観にとらわれ・・・」だと、困ってしまうのかは、イメージできませんでした。

それから次のようなも話も思いつきますが、先はまだ考えていません。

①今の日本社会の成員の多くは、成熟社会を構成する要素を満たしていないように思う。ならば、今の日本は成熟していないのではないだろうか。
②成熟社会を構成する成員が育たない原因は何だろうか。
③多元的な価値観のもとにさまざまなことを経験するには、各々の意識・意欲のほかに、経済的・時間的ゆとりも必要そうだ。
④生きがいを発見するには、③のほかにも必要なものがありそうだ。

今思い出したのですが、そういえば、以前いっしょに仕事をしたなかで、よい仕事をしている人はこういったこ難しいことにも意見をもっている人が多かった気がします。多元的な価値観があるのでしょうか。私は仕事以外、空っぽだったな・・・。

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※ちなみにどういった問題かというと、「しかも」の箇所が空欄で、空欄に適切な接続詞を入れよ、というものでした。「論理トレーニング」は、内容もさることながら、問題として引用されている文章も、味わい深いものが多くて感心します。

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人生の目的に関する考察

人生の目的はありますか?
面接で不意に問われた。これまでこの質問を受けたことはなかったので、すこしびっくりした。(今、少しウェブで検索したところ、それほど珍しい事例ではないようだ)

なんて答えたんだっけ?

「今のところ、意欲を持って事にあたることが一番大事と思っております。人生の目的そのものは模索中です。」みたいなことを口走ったと思う。

面接官に受けがよい回答など興味はないけれど、この問いについては真摯に向かい合いたいと思った。

少し考察してみる。

①何事かを成し遂げることを人生の目的とした場合

例えば、「世界一周することです」のようなものだろうか。この場合、成し遂げてしまった後のアクションが求められそうだ。考えられるものとしては、a)新たな目的を設定する、b)無目的に残りの人生を送る、c)人生を終わりとする、の3通りだろう。

a) 新たな目的を設定
この場合、人生の目的を複数持つことになる。程度にもよるのだろうが、一生をかける目的としては軽く感じてしまう。また、どちらがより大事な目的なのかも説明が求められそうだ。

b) 無目的に残りの人生を送る
目的を持たず人生を送る期間が存在することになる。つまり、「人生の目的はない」、という回答と同種の問題をはらむ。

c) 人生を終わりとする
あまり考えたくないので、ここではノーコメント。

②一生にわたって継続するような目的

例えば、「幸せな老後を過ごす」、「(規範となるような人生を送った他人)のような人生を送る」、などだろうか。この場合、目的達成後、その状態が継続するので、①のように、目的を成し遂げた後のアクションについては考えなくていい。その代わり、目的の内容の具体説明が求められるかもしれない。例えば、「あなたが言う幸せとはなんですか?」とか。

また、①、②とも、「その目的を達成するために、あなたはどんなことをしていますか?」という質問がありえる。面接官が聞ききたいのは、むしろこっちだろう。

ここまで考えて、「人生の目的とは」という問いに対して、自分が求めている回答はこういうことではない気がしてきた。

日々、自分の人生に向き合う姿勢や態度の方向性を決める力を持った何か。そういった存在を漠然と想像する。これは、ないものねだり?

あれれ、そういえばこんなことって、小学校のときクラスメートと言い合ったりしたような。
うーん、真面目に考えてこんだけとは。もっと考えを進めることを自分に言い聞かせつつ、今日はここまで。

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「服従の誇り」について

わたしは最近、テレビを観る。何もかもがつまらなくて、以前はまるで見なかったテレビをしかたなく見たりする。

 * * *

「服従の誇り」という奇妙な言葉は、更迭された空幕長に関して特集したテレビ番組で聞いた。司会者も言っていたが、「服従」と「誇り」は相反していて不思議に響く。この言葉だけみてとれば、意味するものは思うに、マゾヒストとか、権力に盲順する人達とか、アメリカに対する日本とか、だろうか。受動的であることを受け入れた何か。服従そのものを誇りとすることは、いささかグロテスクに感じる。

この言葉は、自衛隊教育の心構えとして、標語のようなものになっているらしい。シビリアンコントロール、文民統制(不勉強なわたしはこの概念もはじめて聞くのだが)を前提とした我が国の自衛隊は、自らの意思で動くことができない。実力を司る軍部の暴走を禁ずるため、文民に「服従」しなさい、ということだろうか。

では、「誇り」とは?わたしが思うに誇りとは、自分が自分でいるために無くてはならないものだ。「誇り」を失ったときは、たぶん人は「服従」する。たとえば権力に、たとえば現実に、たとえば恐怖に、服従する。そこに誇りはない。誇りなくしては、とてもじゃないけど敵に立ち向かえないから、すべての人には、とりわけ戦場に立つ立場の人には、「誇り」は必要なのだろう。

愛する人を守るため、とか、正義のために!、とかなら「誇り」としてわかりやすいのだけれど、国家とか政治とかいった規模になると、いろんな思惑が絡み合って単純にいかない。それで、今の日本が立ちゆくためには国際協力のためにうんぬん、みたいな事情をくみ取って、なんとか誇りにするのだろうか。この手間だけでも、モチベーションは下がる気がする。

そのうえ、「服従」の対象が、気まぐれな上司だったり、ころころ変わる総理大臣だったり、誇りとすることに不十分な存在だったら、もはや「服従の誇り」は機能しない。わたしなら、うんざりして別の職を探したくなってしまいそうだ。

実力の暴走を止める安全スイッチのひとつではあるのかもしれないけれど、どうにもストレスが貯まりそうな言葉であるところに、背景の問題のややこしさを見た気がする。

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日輪を担いて

ここのところ、突発的な集中豪雨が猛威を振るっています。天気予報を信じていると、まったく洗濯物を干すことができない日々が続いていますが、もう何も信じていないわたしは、今週3回お洗濯できました。雨には負ける気がしません。

今日の天気も、「晴れときどきひんぱんに集中豪雨」で気分が曇りがち。なので、あえて晴れた日の話とか。

 * * *

ある晴れた日、わたしは自転車で近くの公園に行きました。はじめて立ち寄ったその公園は、狭いながらもとてもきれいで、以来、わたしのお気に入りの場所となったのでした。
なんでも、最近わりとよくきく「びおとーぷ」がコンセプトになっているらしい。

園内にあるベンチに腰掛け、ふうーっとひと息つくと、これまでしてきたわたしの所業が頭に浮かびます。過去の数々の痛い出来事。明るい日差しの中では、そのどれもが他愛のないことに思えてきます。今ならこうする、こう考える、こうできる。今までの人生でこんな前向きな気持ちなったことはないくらい、心が晴れ晴れとしたのでした。

背の高いひまわりを見上げて、そこに青空が澄んで見えたら、このくらいの奇跡なんて起こるでしょう。

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きれいな空を優先したため、ひまわりが暗くなってしまいました。
さらに早朝のため、咲きっぷりがorzなかんじです。。

 * * *

見上げ空 背筋をのばし 日輪花

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スキャナー【いりませんか?】

スキャナーが欲しくなり、午前中から新宿はヨドバシへ。買うかどうかさんざん迷ったあげく買わずに帰るも、家に帰ってやっぱり明日買おうと思ったが、ブログを書いてるうちにどうしていいかわからなくなった日。

発作的にスキャナーの必要性を感じた理由は、昨日レンタルした、椎名林檎のアルバム「私と放電」の歌詞を取っておきたくなったから。紙コピーでもよかったのだけど、3年分くらいたまった印刷物を整理した後で、もう紙が嫌いになっていたのです。

 * * *

日曜の新宿といえど、正午前に人は少ない。プリンタ売り場は店員さんも少なく、うっかり話しかけた店員さんは、エプソンの売り子さん。一抹の不安がこめかみのあたりによぎったけども、この売り子さん、とてもきれいな日本語を話すたぶん韓国出身美人。名前はエプ・ソジョンさんに決めました。商品説明もしっかりしていて、なによりアウェイで一生懸命働く健気な姿に、とてもとても応援してあげたい気持ちでいっぱいになってしまったのでした。

いちおう他の製品も見るために、後ろ髪を抜かれる思いでその場を離れるも、「いいよ、あなたから買ってあげる!(*^-^*)」、心の中で、もしかすると声帯からもそう呟き残したのでした。

そんなあったかい気持ちも他製品を見ているうちに次第に冷めていきます。あぁ、ごめんねソジョン、よく考えてみたら、携帯のカメラで撮ればいいような気もしてきたし、あなたを選べない。。【さようなら】【はじめまして】

 * * *

家に帰って、携帯カメラを試すが、映り込んだりしてうまく撮れなかった。もう迷わない!ソジョン、あなたしかいない!明日きっと君に会いに行くよ!

そう決めたはずだったのだけど、今、グーグルで「椎名林檎 歌詞」で検索したら、全曲歌詞掲載サイトが一番目にヒット。わたしの心に「無為」という言葉もヒット。「でもまあ、歌詞以外でもスキャナあると便利そうだし、、うん」、そう呟いて平静を装う自分がそこにいました。

 * * *

ソジョンとの運命は如何に!?明日もいるといいなあ。

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【はじめまして】

とりあえず作成。
どんなことを書いていくか未定。
続くのかすらも未定。

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