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2010年4月5日

ネイティブインディアンの価値観

蓄えることが財産ではなくて
使われることこそが財産

 * * *

わたしの中からは出てこなかった考え方です。

思えばオンラインFFしたいと思った動機も
それまでのオフラインRPGではSRAMの電池や
メモリ媒体の不完全さにより、蓄えたものが消失
する空しさ、その心配が無くなることだったし。
(オンラインにより享受できる利点は、その時点
では思いもせず、後で知ることになったのですが)
#いらない節だけどJulicoのブログだからね

 * * *

すべからく個人主義、自分の面倒すら見れないのに
他人に何かしてあげるなんてかえって失礼、
そんな価値観でこれまで長いことやってきましたが、

それで結局、自分に残っているのはほんとに
なにもなく、思えばけっこう長いこと生きてきたの
に持っているものは何もないような。

かろうじてあるのは、お粗末ながらも
気まぐれで、なんとか他人にしてきた思いが通じて、
その方々の施し。

それででなんとか生きながらえている、そんな
今な気がします。

 * * *

んー。
わざわざブログにしてまで言いたいとおもったことは
そんな懺悔とか言い訳とかではなくて。

 * * *

「ネイティブインディアン」の価値観は、物にたいして
のことだけではなくて、その人の能力そのものについて
でもあるのじゃないのかしら?なんて台詞について。

私が、昼間の拘束時間8〜時間を投げ打って、いくばく
かのお金に交換している行為。

そのお金、自分のためだけに使ってきたけれど、いくら
やっても満たされない。

これって自分だけのものなのかい?

ほんとに自分の力だけで得ることができたものと思っている?

 * * *

別の話。

足腰効かなくなくって、老人ホームで命尽きるのを待ってる
人たち。
私はなんでそうまでして生き苦しまなきゃならないのかって
思わないでもなかったり。

よしんば。

そうしたいと思うならそれもその人次第だけど、そうまでした
くないという思いあるなら、
三島由紀夫みたいに元気もないのだし、
本人の希望あらば、制度として本人の希望通りに終わりの時間を
決めることができるのは、まったく道理にかなってるのではと
思う。私ならそうできてほしい。

そこでいつもひっかかるのは。
例えば自分の肉親が、それを希望したとしたら?
(にくったらしいことに、ぜったいそんな希望ださないけど)
したとしたら、ごめん、私は困ってしまう。きっと一度は
諭してしまう。

 * * *

んー。

たぶん、今、自分一人で生きれてると思ってるとしたら
それはたぶん勘違いで、これまで袖触れ合ってきた
だれかのおかげて生かされているということ。

それを忘れてしまいがちな毎日だから、こんなグログ
書かせてしまう言葉が、冒頭の言葉。

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参考文献
ビックコミックオリジナル 2010/4/20号
「お聞くさん」 ナカタニD.

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