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2009年5月6日

続・人生の目的に関する考察

成熟社会とは、その成員たちが多元的な価値観のもとにさまざまな経験を通して、各人の生きがいを発見し、それぞれに自分の道を歩んで行くところにこそ成り立つ。最初からただ単一の価値観にとらわれ、しかも、その追求がさらに能率主義によって行われるならば、人は年をとり、高齢になるにつれて、何もすることがなくなってしまうだろう。

中村雄二郎『正念場』より引用

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上の文章は、「論理トレーニング101題」(野矢茂樹)の問題としてあったものです。※

ちょうど昨日、人生の目的について思索をめぐらしたこともあってか、とても気になりました。

ぱっと思ったのは次のようなことです。

「今の日本とかIT業界とか、成熟社会じゃないじゃん。さまざまな経験なんてさせてくれないし、生きがい見つけるような教育させてもらってないもーん。」

でも、そんなことは言ってないですね。社会が悪いせいだ、なんて受け身な先入観がある。もう少しよく考えたら、次のような解釈もできそうです。著者の意図通りかはともかく、ありえそうな話です。

「多元的な価値観のもとにさまざまな経験を通して、各人の生きがいを発見し、それぞれに自分の道を歩んで行くことができる人ならば、高齢になっても不安はないように思う。そういう人たちからなる社会が成熟した社会といえるのだ。」

後半の文の主語は、「社会の成員たち」だと思います。やっぱり本当に言わんとしているところはわかりませんが、年をとってから困ってしまう、という話のようです。なぜ、「単一の価値観にとらわれ・・・」だと、困ってしまうのかは、イメージできませんでした。

それから次のようなも話も思いつきますが、先はまだ考えていません。

①今の日本社会の成員の多くは、成熟社会を構成する要素を満たしていないように思う。ならば、今の日本は成熟していないのではないだろうか。
②成熟社会を構成する成員が育たない原因は何だろうか。
③多元的な価値観のもとにさまざまなことを経験するには、各々の意識・意欲のほかに、経済的・時間的ゆとりも必要そうだ。
④生きがいを発見するには、③のほかにも必要なものがありそうだ。

今思い出したのですが、そういえば、以前いっしょに仕事をしたなかで、よい仕事をしている人はこういったこ難しいことにも意見をもっている人が多かった気がします。多元的な価値観があるのでしょうか。私は仕事以外、空っぽだったな・・・。

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※ちなみにどういった問題かというと、「しかも」の箇所が空欄で、空欄に適切な接続詞を入れよ、というものでした。「論理トレーニング」は、内容もさることながら、問題として引用されている文章も、味わい深いものが多くて感心します。

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